理事 春日武彦先生(成仁病院 名誉院長)から会員・関係者へのメッセージ(2020年5月7日)

コロナ禍の今を生きるために

●巣ごもりを余儀なくされ、不便と不安と息苦しさで多くの人たちが心のバランスを崩しかけています。こんなとき、こうすればスッキリ!なんて特効薬めいた方策は残念ながらありません。でも、だからといって打つ手がないわけではない。それは、「こうしたときに、人はこんなふうな精神状態に陥りがちだ」という知識を持つことです。それを知ってさえいれば、日々の辛さも「あるある話」になりますし、決して自分だけがおかしいわけではないと理解できる。今回の経験は、他人の気持ちを推し量るための貴重な材料ともなるはずですから、わたしたち(広い意味での援助者)にとってはひとつの財産と捉えても間違いではないでしょう。

●人が現在のような状況に置かれると、どんな心理が生じてくるか。3つほど挙げておきましょう。まずは〈理屈っぽさ〉ですね。世間の様子、他人の様子が分からないから孤独感に支配され、すると次第に現実感が遠のいていく。そんなとき、人は妙に理屈っぽくなります。自分では論理的にものを考えているつもりで、とんでもない結論を出したりしてしまいます。論理的というのはなかなか曲者で、飛躍や偏りがあっても自分では気づかないために、理詰めで考えているという自信のもとで変な方向へ向かってしまいかねない(そのもっとも極端な例が、自殺者の精神状態です)。孤独な状態では、理屈っぽく考え詰めた挙げ句の結論には用心した方が賢明です。

●次は、〈中途半端な状況に置かれる苦しさ〉です。頑張ればどうにかなるとは限りません。それどころか、今は「どう頑張ればいいのか」さえ分からない状態です。せいぜいできる範囲内で努力をし、あとは様子を見ながら待機するしかない。これは無力感を招き寄せるのですね。でも考えてみれば、世の中の多くのことは「努力だけではどうにもならない状況でじっと耐える」しかない。そのようなケースが実に多い。中腰のまま耐えるメンタルこそが、いわゆる精神力に相当します。耐えきれればそれは成功体験となって、精神の大切な糧になります。

●最後に〈被害者意識〉です。「どうしてわたしばかりがひどい目に?」とか「何も悪いことなんかしてないのに、こんな目に遭うなんて変だ!」と、わたしたちはつい被害的な気分になりがちです。でも、この世界は因果応報で成り立っているわけではないし、誰かの悪意によって現在があるわけでもない。「まったくもう、しょうがないなあ」と苦笑を浮かべられるだけの余裕が、これからの人生にも必要とされるはずです。〈被害者意識〉ほど安易に自分を正当化する方法も珍しいですから、こんな罠には嵌まらないようにしましょう。

●以上の3つは、心に(いろいろな意味で)傷を負った人たちに寄り添うときにも、ぜひ知っておきたいポイントでもあります。役立てていただければ何よりです。

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