原岡剛一「コロナの時代に考える美容外科~かつて医と美は近かった」

第6回「顔と心と体セミナー」講演録

2021年12月4日(土)13:00~15:00

参加者:32名(1級資格者4名、3級資格者10名、4級資格者2名、当会正会員12名、一般1名、学生2名、招待1名)(会場3名、オンライン25名、DVD 4名(※後日視聴))

【経歴】

神戸大学医学部附属病院 美容外科 診療科長 兼 准教授  

1994年大阪市立大学 医学部卒業。2018年4月より現職。

日本美容外科学会(JSAPS)の評議員・専門医。他にも日本形成外科学会の評議員・専門医で、日本形成外科学会 美容医療に関する委員会 委員長を勤める。

神戸大学は、国立大学の独立診療科としては全国で初となる美容外科を平成19年に設立した。現在でも国立大学の美容外科は他にはなく(私立医科大を除く)、稀な存在である。

【講演録】

ーはじめにー

 はじめに自己紹介をさせていただきます。1968年に大阪に生まれ、中学・高校は奈良で就学し、大学は大阪市で勉強しました。医師としては奈良・和歌山で勤務し、現在は神戸大学医学部附属病院美容外科の診療科長兼特命准教授を務めさせていただいております。これまで、脳神経外科・耳鼻科・整形外科などの診療に従事し、現職についております。

 神戸大学の美容外科は2008年に設立されました。国立大学の独立した診療科としての美容外科は、わが国で唯一のものです。大学病院でやっておりますので、入院設備もありますし、麻酔医による全身麻酔も可能です。「安全で安心できる美容外科」をモットーにしています。

【2.美容外科の歴史】

 ルネサンス期に活躍した画家ラファエロの『アテネの学堂』という絵を見ていただいております。講堂に哲学者などのいろいろな学者が集まって議論をしているという絵画です。ここに描かれているのが誰なのかというのを後世の方々がいろいろ推理していますが、中央で天を指差しているのはプラトン、ブルーの布をまとって下を差しているのはアリストテレスと言われています。どちらも有名な哲学者です。プラトンは、「美はこの世を超越したところにある」と言い、アリストテレスは「美はものの中に存在し、潜んでいるもので、にじみ出てくるものだ」と主張しました。

 大事なことは、このプラトン・アリストテレスの少し前に活躍した哲学者ヒポクラテスが「医学の父」と呼ばれていることです。我々は医学部に入ると「ヒポクラテスの誓い」というのを最初に学びます。ヒポクラテスは、医療に携わる者の倫理観を説いています。彼が「医学の父」と呼ばれるもう一つの理由は、ヒポクラテス以前には、医学はおまじないに近いものでした。現在では、がんはがん細胞が原因だとか、コロナに罹ればコロナウイルスが原因だと考えられますが、そういうことがわかっていなかった時代は、病気をおまじないやお祈りで治そうとすることがずっと続いていたのです。これに対して、ヒポクラテスは、それぞれの病気にはその原因があるはずだと主張しました。病気に科学的な考え方を持ち込んだのです。そこで、彼は「医学の父」と呼ばれるのです。

 ギリシア・ローマ時代以後の欧米では、キリスト教が支配する時代になり、すべての病気は神の力で治すという考えが広がり、残念ながら医学は科学から離れてしまいました。

 その後、レオナルド・ダ・ヴィンチなどが活躍するルネサンスの時代になります。ルネサンスとは「再生」「復古」という意味で、ギリシア・ローマの文化を復興しようという動きが、科学・芸術などすべての分野で起こってきます。それによって、医学からキリスト教が離れます。さらに、この時期に人体解剖が行われました。人間の体がこのようになっているということが初めてわかります。このようにして医学は、神の領域から科学になりました。同時に、医は美から別れました。しかし、元々は医学と美学とは近いものだったのです。

 さてここから、日本の美容外科についてお話ししましょう。日本で最初の美容外科の記録は、明治29年にさかのぼります。この記録に出ているのは、二重瞼の手術です。睫毛内反症(逆さまつげ)に対する手術を、美容外科に応用して二重瞼にしたという記述が残されています。これはHotz法というものなのですが、現在も私達が二重瞼を希望する患者さんに対して行っている手術とよく似た方法です。

 明治29年がどのような時代だったのかと考えると、日本は、男性がちょんまげ二本差し、女性が和服に日本髪という時代から、明治維新になって開国して、欧米文化をどんどん吸収していた時期です。「鹿鳴館時代」というのを学校で習ったかと思いますが、明治29年にはその時代はもう終わっているのですが、想像するに、洋服や洋風の髪形など、欧米の文化になじんだ後で、さらに欧米人のように鼻を高くしたい、瞼を二重にしたいというような、欧米化をさらに進めるような傾向があったのではないかと考えられます。

 美容外科の次の記録は、1936年に慶應大学の耳鼻科の教授をされていた西端驥一先生のものです。西端先生は、耳鼻科の教科書に隆鼻術の記録を残されています。今ですと鼻にシリコンのインプラントを入れるのですが、当時はシリコンはありませんので、象牙でできた三味線の撥(ばち)をL字型に削り取って鼻に入れるという手術をされています。西端先生のカルテはいまだに残されていて、それを読むと、先生が非常に患者さんのことを考えていて、細かく観察して手術を計画し、しっかりとした医療をなさっていたことが読み取れます。

 次の記録は、満州事変の頃のものです。眼科医の内田孝蔵先生がいろいろな美容外科の手術を紹介されていますが、興味深いのは、患者の俳優さん達がすべて名前を出されていることです。例えば、沢村国太郎さんについては、Before・Afterの写真を掲載しています。Beforeが目の下にクマのある写真、Afterがクマのない写真です。実はこの方は、俳優の長門裕之さんと津川雅彦さんのお父さんで、息子さん達はどちらも数年前に亡くなられましたが、美容の手術を受けなかったせいか、立派なクマをもたれています。お父さんの時代には、美容の手術を受けることを恥じるとか、隠すということがなかったのだということがわかる、興味深い資料だと思います。

【3.日本の美容外科の特殊事情】

 以上簡単に説明してきたように、日本の美容外科の歴史が始まったわけですが、現在我々が美容外科をどのようにとらえているかをお話しします。基本的には、形成外科という大きなくくりの中にあると考えています。形成外科とは、けがの傷痕のある方、乳がんで乳房を失った方、あるいはあざをもって生まれてこられたり、口唇裂で唇が割れた状態で生まれてこられたような先天異常の方などが、社会で生きていきやすいような医療を追求するものだと言えます。

 ここで用いるのと同じ手技が、美容外科でも使われます。例えば、鼻が高くても低くても健康には影響ないのですが、それでもちょっと鼻を高くしたいという方がおられます。我々がけがで鼻を失った方のために鼻を作る手術と同じテクニックを、鼻をちょっと高くするために用いると、これが美容外科ということになるわけです。ですから、それらをまとめて、形成外科と呼んでいます。

 美容外科について別の面から見てみましょう。日本にはちょっと特殊な事情があって、二つの美容外科学会があります。ひとつは、Japan Society of Aesthetic Plastic Surgery(JSAPS:日本美容外科学会)といいます。これは、Plastic Surgery(形成外科)の中にAesthetic Surgery(美容外科)があると考えるものです。もうひとつは、Japan Society of Aesthetic Surgery(JSAS:日本美容外科学会)で、同じ日本語名称ですが、美容外科が形成外科とは別に独立して存在すると考えています。

 これには、歴史的な背景があります。戦後、日本の形成外科が大きく発展したひとつのきっかけは、広島・長崎の原爆によってケロイドを負った方々の治療です。そのような経験を経て形成外科は著しく発展しました。1958年に、大学病院の形成外科の先生方が中心となって形成外科学会を設立しました。記録によれば、この学会設立を承認する際、当時の厚生省が、学会が美容外科を標榜することを認めないという条件が付けられたようです。そこで、形成外科学会は美容外科を手放したわけですが、先程お話しした日本の美容外科の歴史の中で触れましたように、美容外科を専門にされている先生方がおられ、この先生方は、1966年に美容外科学会を設立しました。他方、形成外科学会に参加された先生方も、形成外科の中にある美容外科を自分たちもやらないわけにはいかないと考えたので、12年遅れて1978年に美容外科学会を設立し、現在に至っています。

 国際的には、美容外科は形成外科の一領域という考え方が主流です。ふたつの学会問題は、患者さんのためにはならないので、やはりひとつになることが望ましいのですが、双方なかなか相容れないところがあって、まだ統合できていない状況です。

 神戸大学では、やはり形成外科の中に美容外科があると考えておりますので、形成外科を学んで専門医を取得した医師だけが美容外科を学ぶ権利があるということで、教育を行っています。

【4.美容外科でできること】

 美容外科ではどんなことができるのでしょうか?代表的には、鼻を高くしましょう、まぶたを二重にしましょう、胸を大きくしましょうというような手術があります。部位としては、図1で示すように、全身に及びます。また、ここで赤丸をつけたような部位で用いるテクニックは、アンチエイジングにも応用が可能です。この領域は、今後さらに発展するものと思います。

 

【5.コロナ禍と美容外科~美容外科医のモラル】

 ここで、今日テーマとしていただいたコロナ禍と美容外科についてお話しします。このコロナ禍におきまして、Zoom dysmorphia(ズーム異形症)という症状がいくつもの論文で発表されています。本日のセミナーのように、コロナ禍ではなかなか対面で話をするのが難しいので、Zoomをはじめとするビデオ会議が増えました。対面での話というのは、相手の顔を見て、目を見て話をするわけですが、ビデオ会議では自分が人に見られている顔が常に映し出されるので、どうしてもそれを意識してしまいます。その結果、いわゆる身体醜形障害の患者さんが示すような症状を呈する人が増えてきているというデータが明らかになっています。

 2019年には、米国の形成外科学会の先生方の72%が、ご自身の自撮り写真やビデオ会議での外見をよくするために美容の手術を希望する患者さんを診たことがあると報告しています。コロナ禍によるビデオ会議の増加が、美容整形の需要の増加につながっているということが、いろいろなところで言われています。実際、神戸大学でも、ビデオ会議が増えたからこのクマを何とかして欲しいとか、頬の垂れを治して欲しいという方が増加しているのを経験しています。

 このdysmorphia(醜形障害)というのは、精神疾患に分類されます。強迫症や強迫性障害に関連する障害群と定義されます。実際にはそんなに気にするようなことではないような小さな欠点にとらわれることで、ご本人がすごく大きな苦痛を感じて、日常生活にまで支障をきたしてしまうというような状態です。そういう方の中には、たびたび美容外科に足を運ばれて、必要もない手術をどんどん繰返すという方もいらっしゃいます。美容外科医の役割は何なのかということを考えたとき、私は、そういう方にどんどん手術を提供するのが我々の仕事だとは思っていません。もちろん、美容外科の手術で精神障害や精神症状が改善する方もおられます。しかし、何の解決にもならない手術を繰返すことは、絶対に避けなければなりません。つまり、我々美容外科医は、高いモラルをもって患者さんに接することが求められているのだと考えられます。

 数年前に、消費者庁・厚生労働省から、十分な説明がないままに美容の手術を受けている患者さんがおられるという、大変残念な注意喚起が行われました。美容外科に関するクレームは、消費者センターでも、国民生活センターでも増えているというのが現状です。

 昔の資料を見ていただきましょう(図2)。

 1950年に婦人雑誌に掲載されたオルガノーゲンの注入という、豊胸や豊頬のための施術の宣伝です。右側は2020年のもので、同じように注入剤による治療の宣伝です。この70年間、我々は何をしていたのかと残念になるくらい同じようなものです。安全です、嫌になっても溶けてなくなります、好きな形にできます、簡単にできますと言っていますが、人間の体はこの70年間で変わっていませんから、かつての時代と同じよう

な合併症を発症することがあります。

 このような美容外科というのは、必要なものなのでしょうか?医者の間では、なくなった方がいいという声もあります。私は大学病院で美容外科をやっていますが、大学で美容なんかやるのかという批判の声も届いています。

 しかし、2018年に美容外科学会(JSAPS)が行った実態調査によれば、美容外科の施術数は年間200万件に近く、これは登録されたがん患者の数よりも倍近く多い数字です。国民病といわれるがん患者さんよりも、美容外科の患者さんの方が多いというのが実態です。また、市場規模も既に3,740億円という大きなものになっており、今後、アンチエイジングの需要が高まることを考えると、さらに大きなものになっていくことが考えられます。美容外科をなくすということは、もう考えられない状況だと思います。

 そうであるならば、我々美容に携わる人間は、自身がより高いモラルをもち、またより高いモラルをもった美容外科医を生み出していかなければならないと考えます。また、患者さん達にも、よく勉強していただき、本当に必要な、良い治療を受けていただきたいと思っています。

 以上、わが国の美容外科の歴史、現状、そして問題点についてお話をさせていただきました。いろいろ問題を抱えている美容外科かもしれませんが、美容外科が皆さんのお役に立てるところは、非常にたくさんあると考えております。皆様におかれましては、是非信頼できる美容外科医と出会い、よく相談していただいて、外見の改善を通じて人生を豊かなものにしていただくことができたら、非常に幸せに思います。本日は、貴重な講演の機会をいただきまして、本当にありがとうございました。

TOPへ戻る

Copyright (C)2021 公益社団法人 顔と心と体研究会 All Rights Reserved.